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2008年5月14日 (水)

四苦八苦とは?

今朝の宮城県涌谷町箟岳山箟峯寺本堂前の様子です。
(平成20年5月14日午前
5時09分撮影)


こんばんは。ただいま午後10時22分です。今日三度目の記事更新になります。実は夕方、前の記事を更新してすぐに、仙台の大和町にある事務用品屋さんに買い物に出掛けて来たのですが、ちょうど私が事務用品屋さんに入った午後6時過ぎ、大きな稲光と轟音が響き、雷が落ちたように感じ、久しぶりにびっくりさせられました。帰りにKスタ宮城の前を通って帰って来たのですが、今日は楽天戦降雨ノーゲームとなり、その直後に通りかかったので球場からはずぶ濡れになった観衆の方々が大勢、球場から離れられる様子を目撃しました。
このブログをご覧の皆さんの所では落雷・雷雨による被害はございませんでしたでしょうか?
さて、この記事のタイトル、「四苦八苦とは?」とさせていただいてますが、実は最近、硫化水素による自殺や残忍な殺人事件が続いて発生しているので改めて「人間の命」というものを考えたいと思い、このようなタイトルにさせていただきました。長文になりますが、暫くお付き合いいただければと思います。
タイトルに掲げた「四苦八苦」とは仏教がこの世で広められてから使われている言葉です。仏教の世界では「人間界のすべての苦しみ」「言語を絶するほどの苦しみ」として用いられているのが、「四苦八苦」です。つまり人間が生きている際に生じる苦しみの原点が四苦八苦なのです。ではそのなかみはいったいどのようなものかを見ていきたいと思います。
まず、人間が生きている中で苦しみの原点になるのが4つの苦しみである「四苦」です。その4つの苦しみとは、生まれ生きる事、老いること、病を患うこと、死亡することです。皆さんの中にはこの世に生を授かるときに自分の意志を持ってこの世に生まれた方はいらっしゃるでしょうか?皆さんはおそらく無意識のうちにこの世に生を授かったのではないでしょうか?自分の意志でどうすることもできないまま生を授かった、つまり自分でどうにかして生まれたいと考えても実際に自分の意志では実行できないということが苦しみなのだというふうにとらえられたのが①「生の苦しみ」です。この世に生を授かるためには必ずご両親がいなければ生を授かることはできないのです。他の3つも同じように歳をとりたいと思っても、或いは歳をとりたくないと思っても1年に1つずつ歳をとっていく。自分の意志ではどうすることもできない②「老いの苦しみ」、病気にかかるつもりはないのに病気にかかってしまう③「病の苦しみ」、まだまだ生きていたいのに歳をとったり、病などで命を失ってしまう④「死の苦しみ」これら4つの苦しみは自分の意志で何回もやり直しをしようと思ってもやり直しが出来ないものであるので仏教では「根本の苦しみ」とされている訳です。
最近、自殺の話題や殺人事件が数多くテレビやラジオ、新聞などで取り上げられていますが、他人の命はもちろんの事、自分の命を絶とうとする方に伝えたいのは一度失った命は二度と戻らないという現実、そして命を経っても本当に後悔しないのか?という問い掛けをぜひともしたいと思います。そして、特にご自身で命を絶とうしている方に問い掛けたいのですが、「自分の命は本当に自分だけのものなのか?」をよく考えていただきたいと思います。
そこの所は「八苦」の中味をご覧いただけるとなんとなくお分かりになるのではないでしょうか?
「八苦」とは先の4つの苦しみである「四苦」に加えて、⑤「憎いものと会う苦しみ」、⑥「愛するものと別れる苦しみ」、⑦「物質的な欲望が満たされない苦しみ」、そして⑧「この世に存在する全ては苦しみとなりえるという苦しみ」の4つです。これをご覧いただければ⑤と⑥はなんとなくどのような苦しみか想像できるかと思いますが、⑤は自分にとって都合の悪い者が突然現れて邪魔をする。憎い者が現れて邪魔をするために苦しみとなる訳です。⑥は自分の家族や恋人、仲間が別れたくなくてもいつかは別れなくてはならない時が必ず来る訳です。その別れが苦しみとなる訳です。⑦は物質的に究極な欲望、例えば不老・不死を求めても得ることができない。どんなに大金持ちの方でもさらにお金を得ようと株で投資をしたり、貯金をしたりとさらに上を目差す、終わりがなくさらなる欲望を求めるために苦しみと成り得るわけです。そして最後の⑧の苦しみは究極の者ですが、どんなに幸福でもその幸せは一生続かない訳です。なぜなら人間誰しも必ず一回は死がやって来る訳です。ですからどんなに幸せな生活をしていても必ず終わりがやってくる。終わりが来る事をどうすることもできなくて思い悩むという苦しみな訳です。
で結論として何が言いたいのかと言うと、どんな生活をしていても四苦八苦は避けられない訳です。なのでせめて自分が後悔をしない生き方をしなければ人生損をするのではないでしょうか?例え、自分が納得をして自殺を考えていたとしても、残された家族、親族はきっと悲しみにくれるはずです。つまり、ご自身の苦しみが自殺することで残された方の苦しみへと転換される訳です。その事を思い描いたとき、皆さんは本当に後悔なく自殺を出来ると言い切ることが出来るでしょうか?周りの方を悲しませ、思い悩ます事はきっと本意ではないでしょう。ご両親の愛の結晶で生を授かることができた我々は自分の都合で命を経つと言うことをやってはならないのではないでしょうか?
なんかまとまりのない話しになってしまいました。でももう一度命についてお考えいただくきっかけになればと思い、この記事を取り上げました。皆さんももう一度命についてお考えいただければと思います。
長文になりましたのでコメントお寄せいただいた方への返事は申し訳ありません!また次の記事でUPしたいと思います。

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