宮城県沖地震から31年。岩手宮城内陸地震から1年。

(平成21年6月14日午後1時32分撮影)
こんばんは!!(^O^)/
最近、記事の更新が滞り、17日ぶりの更新となりました。ご無沙汰いたしておりました。m(__)m
さて、更新が滞っていた間の6月12日(金)には『宮城県沖地震』から31年が経過、さらにはその2日後である6月14日(日)にはムーミンママさんからコメントをお寄せいただいた通り『岩手宮城内陸地震』から1年が経過しました。
今から31年前の『宮城県沖地震』の当時、私は4歳で幼稚園に通っていました。地震が発生した午後5時14分、私は母親と弟とともに当時仙台市青葉区双葉ヶ丘(ふたばがおか)にあった母親の従姉妹さんのお宅にお邪魔しておりましたが、激しい揺れとともに台所の棚から梅干しを漬けていたガラスの瓶が落ちて割れる様子をしっかりと覚えています。幸い怪我をした人はいなかったのですが、もし台所に人が立っていたらと思うとぞっとする出来事でした。その後、父親が我々3人を車でその従姉妹さんの家に迎えに来て、当時住んでいた仙台市若林区木ノ下(きのした)にあった自宅に帰ってみてびっくり!部屋の食器棚やタンスがすべて倒れ、足の踏み場がない状況でした。
一方、去年6月14日の『岩手宮城内陸地震』が発生した午前8時43分、その時はちょうど私の勤務先であり、この記事の冒頭に画像をUPした箟峯寺(こんぽうじ)の本堂で檀信徒さんに集まっていただき、御詠歌の練習会を開催するところで、木魚を叩きながら、『般若心経』をお唱えしている最中でした。激しい横揺れを感じたにも関わらず、幸い箟峯寺では物が落下することなく、燭台も倒れることがなく揺れがおさまり、怪我をされたかたもいらっしゃりませんでした。しかし、わずか25㌔程北西に進んだ宮城県栗原市築館の天台宗のお寺に夕方伺ってみると境内の大きな石灯篭は倒れ、本堂の土台はズレてしまって大きな被害が発生していました。そしてそこからさらに20㌔程北西では新聞・テレビ等で報道されている大きな被害が発生していました。あれから1年、つい先日、およそ1年ぶりに仙台からたまたまお出かけになっていたご夫婦のご遺体が発見された他、まだ行方がわからない方もいらっしゃいます。最近、救助活動をされる方の作業の安全が確保されたとの事で栗駒山の中腹に位置する駒の湯温泉の災害現場でも行方不明の方の捜索が再開されました。確かに救助活動は困難を極めるのかも知れませんが、救助活動をされる方の安全を最優先にしながら一刻も早い行方不明の方の発見を心から願うばかりです。
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