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2011年9月

2011年9月11日 (日)

東日本大震災発生から半年。

宮城県東松島市立野蒜小学校体育館前での御回向の様子です。
(平成23年9月11日撮影)


ご無沙汰しておりましたm(__)mおよそ5ヶ月ぶりの記事の更新となりました。
更新しない間の5ヶ月間は天台宗の仲間の僧侶のご協力のもと、東日本大震災にて津波による被災をされた方々に対して、避難所や仮設住宅に支援の物資をお持ちしたり、炊き出しをさせていただいたり、瓦礫や土砂の撤去をお手伝いさせていただいたりと日常の生活とは異質な生活を過ごしておりました。
現実を目の当たりにして、人間の無力さ、自然の偉大さを改めて感じておりました。そんななか、支援活動を通じてお付き合いさせていただいている被災者の方々やボランティアの方々もできました。様々な方々のお考えもお伺いし、いろいろなお考えもあるものだと改めて感じておりました。
このような状況の中で、何をこの『石川の書き物』と言うブログに書き込めば良いのかも改めて考えているうちに時間ばかりが経過、5ヶ月が経っていました。
とりあえず、身の回りで感じた事、体験した事を書き込もうと考え、記事をUPさせていただいております。
さて、今日9月11日で東日本大震災発生から丸半年が経ちました。日中、同じ天台宗で宮城県東松島市大曲浜(おおまがりはま)にあった萬寳院(まんぼういん)の御住職が石巻市と東松島市の港、被災した避難所、さらに仮埋葬所を御回向の為に廻られると言うお話しを伺ったので、私も同行させていただきました。実は萬寳院は今回の震災の大津波でお寺が被災し、本堂などすべてが流された寺院です。そのような中、御住職は僧侶の勤めとして、震災当初からさまざまな支援活動や御回向のお勤めを続けて来られていました。このような御活動には、ただただ頭が下がるのみです。
冒頭の画像は避難所でありながら津波による甚大な被害を被った宮城県東松島市立野蒜(のびる)小学校の体育館の前での御回向の様子です。この小学校は津波で校舎の1階の天井近くまで水が上がった跡が現在もハッキリと残っております。体育館は近隣から避難された多くの方々がいらっしゃった中、津波が襲い掛かり、多くの犠牲者を生みました。我々が読経をしている最中にも、ご遺族と思われる多くの方々が手を合わせるお姿を拝見しました。
被災地域は瓦礫の撤去は進みました。しかしながら、被災地域は建物や人の姿がなくなり、とても復興に向かっているようには感じることができない状況に思います。復興まで長い道程になりそうだと改めて感じてきました。
ひとりひとりの力は小さいですが、人間、力を合わせれば大きな力を生み出す。それを信じて私も復興に向けてできることは何かを改めて考え、行動したいと思います。

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