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2014年9月 1日 (月)

9月1日…防災の日に思う…

こんばんは。またまた5ヶ月もの空白期間ができてしまいました…ご無沙汰しました。
さて、今から91年前の今日9月1日は『関東大震災』が発生した日…1923年(大正12年)9月1日午前11時58分32秒、大きな地震が関東地方を襲いました。時間を見ていただくとお分かりのとおり、お昼時の地震…その結果各所で火災が発生、その火災が大きくなり、大変な被害が発生、犠牲になられた方も数多く出てしまいました。ここで、犠牲になられた方々に対してご冥福をお祈り申し上げます。合掌。
さて、昨今、大雨による土砂災害や水害が日本各地で発生、さらには現在も仮設住宅などで避難生活をおくる方が多くいらっしゃる『東日本大震災』など日本でも多くの災害が多発しています。それらの災害から教訓として得られるのが、『己れの身は己れで守る』と言うことである。行政ではどうしても限界があるのが、昨今の災害からかなり見えてきた。どんなに頑張っても、行政ではどうしても初動対応までは時間がかかる…その間の繋ぎを出来るのは自分自身しかいないのではないであろうか?災害はいつやって来るかわからない…人間の技術が発達してもゲリラ豪雨の予報や地震の予知は直前にしかできない現状…それに対応するにはやはり普段から『災害がいつやって来ても良いように備える』しかないのであろう…普段から災害が発生した時のシュミレーションを個々人で行う他はないのであろう。
そして、もう一つ…『困った時はお互い様』と言うこと…。東日本大震災では関西で阪神大震災の際に被災された方々が多く『復旧支援活動』をされていた事が記憶に新しいが、今度は東日本大震災で被災された方々が広島豪雨災害への『復旧支援活動』に従事されたと言う報道も見聞きした。例え、被災していない私のような人々でも、いつ災害に襲われ、助けを必要とするかもしれない…私はその時に助けていただく方がいらしても後ろめたい気持ちにならないように、『出来る手助けは出来るだけやる』事をモットーにしている。ただここで大切なのは、『無理をして支援活動をすべきではない』と言うこと…例えば与えられた仕事を投げて支援活動などは論外だと言うことである。お金を与えていただけるぐらい頼りにされている仕事を平気で投げて、支援活動などはあり得ないと思う。
そして、支援活動は単に被災された地域に出かけて力仕事をするだけが支援活動ではないと言うこと…必要となる物資やお金を協力する事だって立派な支援活動だと思うし、さらに言えば、東日本大震災で被災された方々が物産品を販売しているのであれば、それを購入する事だって立派な『復興支援活動』だと思う。大切なのは、『長く』『出来ること』を行う事ではないであろうか?
何となくとりとめがなくなってしまったが、私自身が防災の日に思い付いた事をそのまま記事にUPさせていただきました。皆さんはどのようにお考えでしょうか?
以上、失礼いたしました。

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