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2015年10月 5日 (月)

『東日本大震災千巻心経供養会』無事満成

1つ前の記事にも途中経過をUP致しましたが、去る10月1日(木)午後1時より宮城県東松島市大曲浜(おおまがりはま)にある天台宗寺院の萬寳院(まんぼういん)様の仮本堂にて、『東日本大震災千巻心経供養会(ひがしにほんだいしんさいせんがんしんぎょうくようえ)』が執行されました。
萬寳院様は宮城県の東松島市の北東部の沿岸に位置し、東日本大震災による大津波で、萬寳院様のお堂も津波の直撃を受け、お堂の全てが流失、さらには震災発生当時、お寺で留守番をされていたご住職のお母様と妹さまが大津波で犠牲になり、お母様に関しては震災から4年7ヵ月になる現在も行方不明になったままの状況です。
そのような大変辛い状況のなか、萬寳院のご住職は墓地の一角にプレハブで仮本堂を設け、副住職様とともに地域の被災された檀信徒の皆様に寄り添いながら、お勤めを果たされ、今日に至っております。
今回の千巻供養会では東日本大震災により、犠牲になられた方々の霊を『般若心経(はんにゃしんぎょう)』と言うお経を千回読むことで、ご供養させていただくお勤めでした。

(『東日本大震災千巻心経供養会』の様子…10月2日(金)未明撮影)

10月1日(木)午後1時から開始された『千巻心経供養会』には兵庫、栃木、群馬、福島、山形、岩手、宮城の各地から約20名ほどの天台宗の僧侶が集まり、お勤めをされました。
私は自坊での法務があったため、法務を終えて、午後7時から千巻心経供養会に出仕させていただきました。
私の記憶が曖昧で、当たっているかわかりませんが、開始から6時間経過した午後7時の時点では、確か350巻の心経読誦を終えていたかと思います。
御導師や木魚を叩く役目を約20名ほどの僧侶が交代で行い、深夜になっても途切れなくお勤めが続きました。
ちょうど、私が千巻心経開始から17時間30分が経過した10月2日(金)午前6時30分に導師としてお勤めをさせていただいた時、950巻を超え、千巻達成が見えてきて、それから1時間後、千巻心経供養会開始から18時間28分の午前7時28分に1000巻の読誦を終え、無事に満成と相成りました。
有り難いことに、私は千巻達成の際に導師を勤めさせていただき、途中参加の私に華を持たせていただいた事に、申し訳ない想いと、有り難い想いを抱きながらお勤めをさせていただきました。


(千巻達成ののち、結願法要を天台宗兵庫教区有志の方々を中心にお勤めいただきました。…10月2日(金)午前7時30分頃)

私は18時間28分の内、12時間28分のお勤め時間となりましたが、途中、ペースが遅くなることなく、一定のペースを保ち、無事に満成したのは、出仕された他の僧侶の方々の供養のお勤めに対する真剣な想いがあったからこそだと思います。
お勤めにご出仕された皆様、御苦労様でした。そして有り難うございました…合掌。
さらにはこの供養会に際して、裏方のお仕事をしていただいた萬寳院様の檀信徒の皆様、そして、我々僧侶のために、ご供養のお蕎麦を差し入れていただいた、山形市山寺の門前にある『いずみや』様にも御礼を申し上げさせていただきます。有り難うございました…合掌。
東日本大震災発生から4年7ヵ月が経過しようとしています。しかしながら復興はおろか、復旧もままならない状況で、今回、裏方のお仕事をお手伝いいただいた萬寳院様の檀信徒様も未だにプレハブの仮設住宅で不自由な生活を強いられています。
そのようななかで、被災された地域の事を忘れない事は非常に大切な事だと思います。
私自身、微力で、果たして被災された方々のお力添えになっているのか?疑問は残りますが、引き続き私ができる範囲の活動は何か?考えながら行動に移していきたいと感じた今回の供養会でした。

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