« 天台仏教青年連盟ボランティア活動『石浜地区ワカメ漁』 | トップページ | 4月6日(水)の宮城県南三陸町防災対策庁舎跡の様子 »

2016年4月 7日 (木)

4月6日(水)の宮城県南三陸町歌津伊里前地区にある『鎮魂の森』の様子

先の記事で取り上げた、天台仏教青年連盟主催の『東日本大震災物故者慰霊法要』に参列できなかった私…6日のボランティア活動が終わってから、午後4時前に法要が執り行われた『鎮魂の森』に出向いてみました。

『鎮魂の森』はJR気仙沼BRTの歌津駅の上にある山のなかに所在しています。
東日本大震災当時は杉林だったようですが、旧歌津町長でいらっしゃった牧野 駿さんが、私有地を開放して作られたそうです。
牧野さんのご子息は東日本大震災発生の際、南三陸町の職員として職責を果たすなか、震災により犠牲になられたそうです。


『鎮魂の森』からは海の様子がハッキリ見ることができます。
この鎮魂の森には『歌津観音』が祀られております。
この観音様は東日本大震災の津波の様子を後世に伝えるとともに、いざと言うときに避難できる高台で、住民の方々が集まれる場所として、多くの方々を観音様のお力で救っていただきたいと言う想いで、建立されたそうです。
『歌津観音』の側にはこのような碑も建てられております。↓

この『倶舎一處』の碑は東日本大震災で犠牲になられた皆様を忘れることなく、ご冥福をお祈りする一心で建立されたそうです。

6日(水)は青空が広がり、穏やかな海の様子で、東日本大震災の際の大津波の様子が全く想像つかないような穏やかな光景が広がっていましたが、ふもとに目を転じると、かつて建物がびっしりと並んでいた街並みは全くなくなり、かさ上げされ盛られた土の光景とその間を走る国道45号線の様子、それな復興商店街のプレハブの様子だけが見える街並みと大きく変貌していて、大津波の犠牲を認識させられます。
震災発生前には『ウタちゃん』と呼ばれるアザラシフィーバーでにぎわっていた街並みでしたが、震災により様相が一変…震災の爪痕の大きさを感じざろう得ない光景です。
我々が大切に考えなくてはならないことは、同じ犠牲を繰り返さないためにも、地震が発生したら津波の発生を予測して、すぐに避難することに尽きる…そのような想いを感じる場所となっております。

|

« 天台仏教青年連盟ボランティア活動『石浜地区ワカメ漁』 | トップページ | 4月6日(水)の宮城県南三陸町防災対策庁舎跡の様子 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1025260/64848261

この記事へのトラックバック一覧です: 4月6日(水)の宮城県南三陸町歌津伊里前地区にある『鎮魂の森』の様子:

« 天台仏教青年連盟ボランティア活動『石浜地区ワカメ漁』 | トップページ | 4月6日(水)の宮城県南三陸町防災対策庁舎跡の様子 »