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2016年6月

2016年6月19日 (日)

天台宗陸奥仏青東日本大震災被災者交流『坐禅止観体験&茶話会』

6月15日(水)、私がなぜ岩手県宮古市まで出かけたのか?
理由はこちらでした。
私が所属し、青森、岩手、宮城の3県の天台宗寺院の45歳以下の僧侶で構成される『天台宗陸奥教区仏教青年会』で開催する東日本大震災被災者交流事業に参加するために出かけてきました。
今回伺った宮古市内の仮設住宅、実は一昨年の秋にもお伺いした仮設住宅でした。
一昨年の秋にはおよそ90人の方々が入居されていた仮設住宅も2年が経ち、現在はおよそ20人の方々がお住まいとの事でした。その20人のほとんどの方々が一人暮らしの高齢者のようで、今年の9月までに仮設住宅を退去するように迫られているそうです。
それぞれに災害公営住宅や被災した元の土地に自宅を再建するなど先の計画はあるそうですが、建設が遅れていることに加え、一人暮らしと言う不安で仮設住宅のコミュニティを壊したくないと言う方々も多いようでした。
実際、災害公営住宅や住宅再建をされた方々のなかにも、親しい友人がいらっしゃる仮設住宅集会所に出入りしているケースがあるらしく、さらなる新しいコミュニティ形成に難航している様子も垣間見ることができました。

交流事業の始めに、坐禅止観を体験していただきました。
参加していただいた方の全員が65歳以上の高齢者だったそうで、どうしても坐禅の姿勢がとれない方々が多かったので、座っていただく格好は様々な形になりましたが、息を数えることに集中していただく『数息観』を体験していただきました。

体験と言うことで、参加されたかた全員に禅杖をお授けさせていただきました。
参加された皆様からは「禅杖でたたかれた際、思ったより痛くなく心地よく感じた」と言ったお声もいただきました。


坐禅止観の後には、我々が用意させていただいたお抹茶とお団子を振る舞わせていただき、茶話会を開催しました。
住民の方からは先の生活の不安と、普段お一人で生活しているため、話を聞いてもらえないことへのストレスがあることを伺い、今回我々とお話ししていただいた事を大変喜んでいただき、我々の方が恐縮しました。


天台宗陸奥教区仏教青年会の執行部では今後も引き続き、東日本大震災で被災された方々との交流活動を続けたいとの意向を伺いました。
私も引き続き、できる限りこのような素晴らしい活動に参加したいと思います。

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2016年6月18日 (土)

東日本大震災発生から5年3ヶ月と4日…岩手県宮古市の様子

たまたま立て続けに沿岸部に出かけておりました。
6月15日(水)には岩手県宮古市まで出かけてきました。

(平成28年6月15日(水)午後0時55分の三陸鉄道宮古駅の様子)
去年の10月7日にお伺いして以来、約8ヶ月ぶりに宮古市を訪れました。
いつもと変わらず、目に鮮やかな赤い色の三陸鉄道宮古駅に出迎えてもらいました…まぁ自家用車で移動したのですが…A^_^;


(平成28年6月15日(水)午後4時06分の宮古市浄土ヶ浜の様子)
宮古市が誇る景勝地である浄土ヶ浜にも立ち寄ってみました。
大分きれいには復旧されておりましたが、一部、レストハウス付近の遊歩道の一部が、津波襲撃で崩されており、その部分は未だ手つかずにされておりました。
このような光景からも、東日本大震災の大津波の被害状況を感じ取ることができます。


岩手県宮古市と宮城県涌谷町箟岳山との間を往復9時間30分、車のメーターの距離で約450kmを日帰りで走破しました。
なぜ、私が6月15日(水)に岩手県宮古市まで出かけたのか?…これについては、次の記事に続きます。

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東日本大震災発生から5年3ヶ月と1日…宮城県南三陸町志津川の様子

前の記事の翌日、6月12日(日)の午後、仕事で宮城県南三陸町に出かけてきました。
こちらはテレビや新聞で震災発生当初から様子が伝えられていた南三陸町防災対策庁舎の被災建物です。

(平成28年6月12日(日)午後6時32分撮影)
南三陸町の中心市街地にあった防災対策庁舎ですが、現在は国道45号線を間にはさんで、西側の南三陸町有地に献花台が設置されています。
東日本大震災が発生してから5年3ヶ月がたった今でも多くの方々がお参りされている様子で、私がお参りさせていただいた時も、新しい生花が献花されていました。
防災対策庁舎は今のところ、30年間、宮城県が管理をする形で、今後この建物跡を『震災遺構』として保存するか否かを慎重に検討している段階です。
防災対策庁舎跡その物は変わりはなかったのですが…


(いずれも平成28年6月12日(日)午後6時32分撮影)
防災対策庁舎跡の周りは右を向いても左を向いてもかさ上げした土の山が、防災対策庁舎3階部分より高く、そびえ立っておりました。
遠くからはこの土の山の陰になってしまい、防災対策庁舎跡がどこにあるのか?わからない状況になり、大分様子が変わってしまいました。


引き続き、南三陸町志津川地区がどのように変わっていくのか?できる範囲で注目したいと思います。

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東日本大震災発生から5年3ヶ月…宮城県沿岸部の様子

すっかりブログの更新がご無沙汰になってしまい失礼しました。
ようやく、ブログ更新の時間が取れたので、まとめて更新したいと思います。


まずは、ちょうど1週間前になりますが、6月11日(土)で東日本大震災が発生してから5年3ヶ月となりました。
いつものように、ちょっと早起きをして、大津波で甚大な被害に遭った地域に出かけてきました。


(平成28年6月11日(土)午前5時20分の宮城県石巻市日和山から見た海の様子)
午前4時30分に箟岳山を出発し、石巻市日和山に午前5時に到着、すぐさま山頂にある鹿島御児神社にお参りし、その後、海の方向を見て、犠牲になられた方々のご供養のお勤めをさせていただき、画像を撮影しました。
1ヶ月前の様子とさほど変わっておりませんが、ふもとの門脇町では引き続き災害公営住宅の建設作業が進められている様子でした。
11日(土)は、朝から青空が広がり、風もなく、穏やかな海を見ることができました。



(平成28年6月11日(土)午前5時45分の宮城県東松島市大曲上台墓地の震災慰霊碑の様子)
一方、こちらは石巻市日和山から車で10分ほど西の場所にある東松島市大曲浜の慰霊碑の様子です。
近くには航空自衛隊松島基地が所在する場所で、東日本大震災の大津波では多数の方々が犠牲になられた場所です。
こちらも気持ちの良い青空が広がり、風もなく、穏やかな天候でした。
ちょうど観音様の足元まで、津波が襲ったとされています。
この墓地の近くの水田では除塩作業がされ、田植えがされていたようです。秋までにどのような光景に変わるか?注目したいと思いますが、同時にその水田の近くでは、堤防の役割を兼ね備えた道路が建設中で、水田の様子が様変わりしている状況も見ることができます。


私に出来ることは微々たる事ですが、引き続き、私ができる範囲で行動を末永く続けたいと考えております。

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2016年6月 8日 (水)

『阿蘇神社』様より御礼状が届く

『平成28年熊本地震』によって、社殿に甚大な被害を被った熊本県阿蘇市にある阿蘇神社様に社殿復旧の足しになればと思い、あまりにも些少な奉賛金を送金していましたが、本日、私の手元に阿蘇神社宮司様より御礼状が届きました。

文化財に指定されていない拝殿などの復旧には神社が負担をせざろう得ない状況で、神社の負担は20億円程度になる見込みです。
まだまだ復旧には大変な困難があろうかと思いますが、地域の方々の心の拠り所である神社を早期に復旧していただきたく、私からも改めて、阿蘇神社復旧への多くの方々のご支援をお願いしたいと思います。
なお、Yahoo!ジャパンでも阿蘇神社復旧への募金活動をしていたはずです。
検索エンジンにてお調べいただき、ご協力いただければと思います。
私も、できる限り、ご協力したいと考えております。

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2016年6月 3日 (金)

『オオサキノオト』vol.15 に箟峯寺が紹介されました。

宮城県大崎市を中心に加美町、美里町、栗原市、登米市、松島町、富谷町、仙台市、それに東京都の渋谷、青山で配布されているフリーペーパーの『オオサキノオト』…その最新版である『2015年6月号 vol.15』で、涌谷町在住で『ことこと家ヨガスタジオ』のインストラクターを勤められている後藤初美さんが案内人となって、『ご近所さんと歩く 涌谷編』にて、私ども箟峯寺など後藤さんのオススメ涌谷スポットが紹介されています。

後藤さん、ご紹介いただきありがとうございました。
そして、案内役お疲れ様でした。

なお、『オオサキノオト』の配布場所については『オオサキノオトHP』をご覧ください。

◎『オオサキノオト』ホームページURL… http://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1027020947379736&id=625255067556328&refid=17

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