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2016年12月21日 (水)

宮城県南三陸町石浜の飯綱神社の様子

少し時間が経過してしまいましたが、12月18日(日)に宮城県南三陸町歌津石浜まで出かけてきました。
この石浜地区は地区内の住民の方が震災直後に私ども箟岳山箟峯寺にいらっしゃり、勤務していた私に「当時東松島市にいたのですが、箟岳山の方向に逃げたおかげで助かったので、御礼参りにきました。」とおっしゃったものですから、私もそのかたのお話しをさらに詳しく伺ってみると、お住まいの石浜地区ではライフラインが寸断、支援物資もなかなか届かず、地区の住民の方々の食料や飲み水がままならないと言うお話しだったので、天台宗からいただいた支援物資をお繋ぎし、さらに天台宗埼玉仏教青年会の皆様が、足しげく震災復旧の支援活動を現在も続けられている地域であります。

私は自分の法務やプライベートの諸用がたて込み、なかなか伺うことができていませんでしたが、18日にようやく時間を作ることができたので、地域の行政区長さんのお宅にお伺いした次第です。
この石浜地区での最大のニュースは地区内にある『飯綱神社』の社殿の改修工事が完了、11月27日(日)に落慶された事でした。

↑こちらは飯綱神社の入り口の門です。
昭和28年にこちらの地域の漁師さんが、鯨の牙を用いた門を作られたそうです。
現在の門は漁船にも使われるFRP製の物だそうですが、鯨の牙の門は現在、南三陸町歌津の地域民族資料館で厳重に保管されているとの事でした。
この門を通り抜け、およそ100段あろうかと思われる階段を登った先に…↓

真新しい飯綱神社の社殿が姿を現しました。
飯綱神社は高台にあるため、東日本大震災の大津波では被害は免れましたが、その時の大地震で古い社殿は倒壊してしまい、震災から5年以上経ったこの秋に、ようやく完成しました。
銅板の屋根が輝き、桧の香りが辺りに漂う真新しい社殿でした。
行政区長さんのお話しだと、飯綱神社は地域の方々の心の拠り所として、長く信仰を集め、「神社の再生なしに地域の発展はなし」と言う存在であるそうで、神社の再生が果たされ、ようやく震災からの復旧が果たされた感覚をお持ちの住民の方々が多くいらっしゃるそうです。
今回、神社の再生復旧に当たっては、私ども天台宗の埼玉仏教青年会を始め、群馬仏教青年会や天台仏教青年連盟が物心両面のお手伝いをされ、地域の方々は大変感謝されていました。
一番最初にこの石浜地区と埼玉仏教青年会を繋いだ私としても、今回の神社の復旧は大変嬉しいニュースでした。
私からも神社復旧にご尽力いただいた関係各位に御礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

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