日記・コラム・つぶやき

2017年3月10日 (金)

東日本大震災から丸6年が経とうとしている宮城県石巻市の現在の様子

明日3月11日(土)で東日本大震災が発生してから丸6年を迎えます。
明日、私のスケジュールの都合がつかなかったため、1日早く、今朝、午前3時30分前に自坊を出発し、石巻市日和山まで出かけ、震災で犠牲になられた方々のご供養のお勤めをさせていただきました。


(平成29年3月10日午前4時16分の宮城県石巻市日和山から見た門脇町や海の様子)

私が日和山に到着したのが、午前4時過ぎと夜明け前だったため、辺りはまだまだ暗闇に包まれていました。
日和山のふもとにある門脇町(かどのわきちょう)の災害公営住宅の外灯が煌々と光っていたのが印象的でした。
画像ではわかりづらいと思いますが、奥の海には漁船の漁火(いされび)が光り、夜明け前から漁師さんたちが仕事をされている様子が伺えました。

私が日和山にいた時間、まだ人の姿は見ることができませんでしたが、日和山山頂にある鹿島御児神社の境内にはこのような2台の車の姿がありました。↓

近づいて見てみると…↓

地元仙台の放送局ではなく、東京のキー局『テレビ朝日』のテレビ中継車とその中継車を警護している車両でした。

東日本大震災が発生して、まもなく丸6年…人々の記憶からも風化されつつある震災ですが、東京のテレビ局が直接中継車を出して、取材をされているようで、恐らく、明日、全国放送で中継されるための車両なのでしょう。

東日本大震災ばかりが災害ではなく、去年だけでも熊本を中心とした九州地方、さらに鳥取を中心とした中国地方で大きな地震がありました。
そのようななかで、東日本大震災ばかりを取り上げよとは申しませんが、未だ1000人以上の方々が行方不明で、3万世帯以上が仮設住宅で避難生活を強いられている現状…せめて震災命日くらいは震災の事を取り上げ続けていただきたいと思いました。

私も、震災を忘れることなく自分でできる活動を引き続き続けていただきたいと思います。

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2017年2月13日 (月)

東日本大震災発生から5年11ヶ月経った宮城県石巻市日和山と宮城県東松島市大曲浜の様子

気がついたら今年初めての記事になります。
すでに今年も2月半ばになり、『今さら感』がありますが、今年も宜しくお願い申し上げます。


さて、今年も1ヶ月に1度、月命日に東日本大震災の被害地域に出向き、自分なりにお勤めをしながら変化を感じ取りたいと考えております。

2月11日(祝・土)で東日本大震災発生から5年11ヶ月が経過しました。
今回はスケジュールの都合で、自坊を午前3時30分に出発し、石巻市日和山に伺いました。
日和山山頂にある鹿島御児神社にお詣りをさせていただき、海の方向を見て震災で犠牲になられた方々のご供養をさせていただいた後、午前4時27分に撮影した画像です。↓

この画像の下の方に見える建物は門脇町にある災害公営住宅です。夜明け前のためか、人かげは全くありませんでしたが、ちょうど画像側が北側になるため、廊下が見えていますが、廊下や階段の灯りが周りの暗さのなかで一際目立って煌々と光って見えました。
暗くて駐車場に車が停まっていたかどうかを確認することはできませんでしたが、お勤めをしている最中、2台の新聞配達の方のバイクと思われるライトの光が建物の前に乗り入れている様子を見ることができたので、こちらの公営住宅には住民のかたが入居され始まったようです。


一方、こちらは2月11日午前4時50分の東松島市大曲浜上台にある『東日本大震災大津波犠牲者慰霊塔』の様子です。
日和山から大曲浜までは車で10分ほど…こちらも夜明け前だったので人かげはありませんでした。
11日未明は満月に近い月夜で、月明かりがかなり強烈でした。慰霊塔の上に立つ観音様の背後からきれいな月の姿が光輝いていました。↓

日和山でも街明かりに混じって、月が煌々と地上を照らしてくれていました。↓

震災発生から間もなく6年となります。
この1年間で日和山周辺では災害公営住宅が建設され、灯りが少しずつ増えてきました。
しかし、その一方で、石巻市内では未だにプレハブ仮設住宅が残り、そちらで避難生活をされる方々が残っている現実もあります。特に経済的に仮設住宅を退去できない方々が多く残っているとも伺っております。
今後はこの方々をどのようにサポートしていくのか?…これが社会に課せられた問題だと思います。引き続き、震災を忘れず、どうすべきか?…一緒に問題解決に向かうような事を考え、引き続き自分が出来る範囲での活動を続けていきたいと思います。

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2016年12月21日 (水)

宮城県南三陸町石浜の飯綱神社の様子

少し時間が経過してしまいましたが、12月18日(日)に宮城県南三陸町歌津石浜まで出かけてきました。
この石浜地区は地区内の住民の方が震災直後に私ども箟岳山箟峯寺にいらっしゃり、勤務していた私に「当時東松島市にいたのですが、箟岳山の方向に逃げたおかげで助かったので、御礼参りにきました。」とおっしゃったものですから、私もそのかたのお話しをさらに詳しく伺ってみると、お住まいの石浜地区ではライフラインが寸断、支援物資もなかなか届かず、地区の住民の方々の食料や飲み水がままならないと言うお話しだったので、天台宗からいただいた支援物資をお繋ぎし、さらに天台宗埼玉仏教青年会の皆様が、足しげく震災復旧の支援活動を現在も続けられている地域であります。

私は自分の法務やプライベートの諸用がたて込み、なかなか伺うことができていませんでしたが、18日にようやく時間を作ることができたので、地域の行政区長さんのお宅にお伺いした次第です。
この石浜地区での最大のニュースは地区内にある『飯綱神社』の社殿の改修工事が完了、11月27日(日)に落慶された事でした。

↑こちらは飯綱神社の入り口の門です。
昭和28年にこちらの地域の漁師さんが、鯨の牙を用いた門を作られたそうです。
現在の門は漁船にも使われるFRP製の物だそうですが、鯨の牙の門は現在、南三陸町歌津の地域民族資料館で厳重に保管されているとの事でした。
この門を通り抜け、およそ100段あろうかと思われる階段を登った先に…↓

真新しい飯綱神社の社殿が姿を現しました。
飯綱神社は高台にあるため、東日本大震災の大津波では被害は免れましたが、その時の大地震で古い社殿は倒壊してしまい、震災から5年以上経ったこの秋に、ようやく完成しました。
銅板の屋根が輝き、桧の香りが辺りに漂う真新しい社殿でした。
行政区長さんのお話しだと、飯綱神社は地域の方々の心の拠り所として、長く信仰を集め、「神社の再生なしに地域の発展はなし」と言う存在であるそうで、神社の再生が果たされ、ようやく震災からの復旧が果たされた感覚をお持ちの住民の方々が多くいらっしゃるそうです。
今回、神社の再生復旧に当たっては、私ども天台宗の埼玉仏教青年会を始め、群馬仏教青年会や天台仏教青年連盟が物心両面のお手伝いをされ、地域の方々は大変感謝されていました。
一番最初にこの石浜地区と埼玉仏教青年会を繋いだ私としても、今回の神社の復旧は大変嬉しいニュースでした。
私からも神社復旧にご尽力いただいた関係各位に御礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

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2016年12月17日 (土)

山形県天童市の若松観音若松寺へ

1つ前の記事に書き込んだ、石巻市と東松島市に出かけた後、一度自坊に戻ってから妻とともに山形県天童市の若松観音若松寺(じゃくしょうじ)に出かけてきました。
滅多に雪が降らない、太平洋沿岸部の石巻市と東松島市が雪化粧していたので覚悟はしていましたが、山形県は本格的な積雪になっていました。
道中の山形自動車道は笹谷トンネルの東側から積雪状態で、チェーン規制が出されるほどでしたが、無事に目的地、若松観音まで到着しました。

(平成28年12月11日午後2時37分の山形県天童市の若松観音若松寺駐車場の様子)
この日は生憎の天候だったのですが、若松寺さんでは行事があったようで、『平泉』ナンバーの車が駐車するなど、思ったより駐車場に車が駐車していました。


(平成28年12月11日午後2時38分の若松寺本堂の様子)
若松観音は山深い場所にあり、こちらは私たちが出かけた時には、すでに10cmほどの積雪になっていました。
実は若松観音は『縁結びの観音様』としても有名で、私の妻が去年、縁結びの願掛けをしていたそうです。私も約3年くらい前にこちらをお参りした際に、やはり縁結びの願掛けをしておりました(笑)
妻からはプロポーズをした時に御礼参りをしたいと言われていましたが、結婚してから慌ただしい日々が続いてしまい、ようやく念願叶って御礼参りをさせていただきました。
縁結びが成就した事への御礼とともに、観音様と妻に感謝をしながら、これから末長く夫婦生活を過ごせるように願をかけて、若松観音を後にしました。

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東日本大震災から5年9ヶ月経った宮城県石巻市と東松島市の様子

少し時間が経過してしまいましたが、東日本大震災が発生してから12月11日(土)で5年9ヶ月が経過しました。
11日の朝、いつものように東日本大震災の大津波で甚大な被害に遭った宮城県石巻市の日和山と東松島市大曲浜に出かけ、犠牲になられた方々のご供養のお勤めをさせていただきました。

宮城県地方、11日は深夜から雪が降っていたようで、私が起きた午前6時には雪化粧されていました。

(12月11日午前7時36分の宮城県石巻市日和山の様子)
こちらは日和山の上の様子ですが、普段あまり降ることのない石巻市でも雪化粧がほどこされていました。
雪の影響もあるのか?はたまた、日曜日だったためか?いつもならば散歩をされる方々の姿があるのですが、この日は人の姿はありませんでした。
この日和山から海の様子を見ると↓

(平成28年12月11日午前7時36分の宮城県石巻市日和山から見た門脇町の様子)

日和山のふもと、門脇町も雪化粧されていました。
風景は先月と変わりませんが、雪景色に厳しい冬が来ていることを実感させられました。

その後、私は車で15分ほどの宮城県東松島市大曲浜へと移動しました。

(平成28年12月11日午前7時55分の宮城県東松島市大曲浜の墓地の様子)
東松島市大曲浜もうっすらと雪化粧がほどこされていました。
こちらも人影はありませんでした。
今年最後の東日本大震災月命日でしたが、思わぬ雪景色に今年の冬が厳しくなるのでは?と感じて帰路に就きました。
まもなく東日本大震災発生から丸6年が経とうとしています。毎年思うことですが、来年も平穏無事な1年であってほしいものです。
そして、来年以降も東日本大震災の事を忘れず、私が出来ることを続けていきたいと思います。

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2016年11月12日 (土)

平成28年天台宗陸奥教区一斉托鉢会

今日、11月12日(土)に青森県平川市尾上にて『平成28年天台宗陸奥教区一斉托鉢会』が開催されました。
天台宗では12月1日に『全国一斉托鉢』と称して各地で托鉢会が開催されますが、青森県、岩手県、宮城県の3県からなる陸奥教区では雪の時期になる12月を避け、若干早い時期に毎年托鉢会が開催されております。

(平成28年11月12日午後1時18分撮影)
青森県平川市では、おととい雪が降り積もっていたそうですが、今日は気持ちの良い青空が広がり、日差しが降り注ぎ気温も14℃くらいまで上昇し、穏やかな天候のなかでの托鉢会となりました。


今日は陸奥教区内の天台宗寺院から24名の僧侶、さらには拠点寺院としてご協力いただいた平川市の浄土寺様の寺族や檀信徒の皆様9名にご協力いただき、7つのグループに分かれて、浄土寺様の檀信徒のお宅を1軒ずつ廻らせていただきました。
結果、約5万円ほどの御喜捨をいただきました。
御浄財は地元平川市社会福祉協議会にすべて寄託させていただくそうです。
ご協力いただいた皆様、ありがとうございました。

ちなみに私は平川市から日帰りで300km離れた自坊に戻っておりました。滞在時間5時間、移動時間9時間と言うなかなか楽しいドライブとなりました。

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2016年11月11日 (金)

東日本大震災発生から5年8ヶ月…宮城県石巻市と宮城県東松島市の様子です。

今日11月11日で東日本大震災発生から5年8ヶ月となりました。
今朝も東日本大震災による大津波で大きな被害に見舞われた宮城県沿岸部2ヶ所に出向き、お勤めをさせていただきました。


(平成28年11月11日午前6時23分撮影)
↑は宮城県石巻市にある日和山から海の方向を撮影した画像です。
今朝の宮城県は午前5時過ぎから冷たい雨が降りだしました。
私が日和山に到着した午前6時過ぎも冷たい雨が降り続いていました。
いつもならば、ラジオ体操やお散歩される方々のお姿を見かける日和山ですが、雨降りの今朝は人影もまばらでした。
静かな雨がしとしと降る様子は、『涙雨』にも感じました。
正面下に見える災害公営住宅は、9月の時点で完成しているように見えていますが、駐車場や灯りの様子を見ると入居者はまだいないように感じました。
そんな災害公営住宅の最上階である6階の1室に灯りがついている様子が見えました。
駐車場を良く見ると2台の車が駐車していました。
断定はできませんが、もしかすると、工事関係の方が作業をされていたのでしょうか?…早朝からご苦労様です。



(平成28年11月11日午前6時46分撮影)
↑一方、こちらは石巻市日和山から車で10分ほどの距離にある宮城県東松島市大曲浜の墓地の様子です。
こちらも雨がしとしとと降り続いていました。
ちょうどこのくらいの時間、石巻市の気温は1℃ぐらいだったようで、冷たい雨の朝となりました。


東日本大震災発生から5年8ヶ月…最近、日本では大きな自然災害が続き、正直に東日本大震災が遠い過去に感じられる状況になりつつあります。
被害地域の近くに住む者として、私は今後もできる限り被災地域に出向き、東日本大震災の復旧を見守り続けたいと思います。

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2016年10月19日 (水)

岩手県釜石市応急仮設住宅での座禅止観体験を実施しました。

昨日10月18日(火)、私が所属する天台宗陸奥教区仏教青年会の活動として、岩手県釜石市内にある応急仮設住宅で、東日本大震災の大津波で被害に遭われた住民の方々に坐禅止観行の体験と茶話会を実施いたしました。

(釜石港から見た釜石市内の様子…10月18日午前10時34分撮影)

昨日の釜石は青空が広がり、秋晴れの気持ちの良い空模様、気温も上がり、冬物の服装では汗ばむほどの陽気でした。


そのようななか、会場の応急仮設住宅談話室には…

住民の方々14名と社会福祉協議会の支援員さん1名の合わせて15名の方々にお集まりいただき、坐禅止観の体験をしていただきました。

皆さん、坐禅の体験は初めてだったそうですが、およそ30分、集中して止観行に取り組んでいただきました。

止観行終了後、茶話会で仮設住宅の様子をお伺いしました。
震災発生から5年7ヶ月が過ぎましたが、こちらの地域の仮設住宅は18世帯の仮設団地が9ヶ所ほどに分散し、点在しているそうです。
1箇所にはだいたい10世帯ぐらいが現在もお住まいで、お歳を召した方々が多くいらっしゃるようでした。
災害公営住宅は出来たものの、経済的な問題でなかなか入居ができないようで、自治体としても丁寧に対応をしている様子でした。

社会福祉協議会の支援員さんのお話しによると、釜石市内では当初65ヶ所の仮設団地が設置されたそうで、現在のところ、集約化されて5ヶ所が閉鎖されたものの、現在も60ヶ所の応急仮設住宅が残っているそうです。

仮設住宅の住民の方々に対しての対応には賛否さまざまなご意見があろうかと思いますが、陸奥仏青の北峯会長の考えは「要望が有る限り活動をしていく」との事。私も同じ意見で、我々ができる限りの活動をしていく必要性を感じました。
有り難いことに、昨日活動させていただいた仮設住宅の住民の方々からは、「また来てほしい」とのご要望をいただきました。

引き続き、「我々が出来ることをしっかりと対応できれば…」と感じながら仮設住宅を後にしました。

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2016年10月 9日 (日)

箟峯寺に大地環境企画 安倍彰浩様より『ひとめぼれ』の新米を御奉納いただきました。

今日、朝、本堂で仕事をしていると、箟岳山(ののだけさん)のふもと、宮城県涌谷町(わくやちょう)大谷地(おおやち)地区で造園のお仕事をされている大地環境企画の安倍彰浩社長がいらっしゃり、箟峯寺(こんぽうじ)本尊にこちらを御奉納されました。↓

今年、安倍さんの田んぼで収穫された『ひとめぼれ』の新米です。
安倍さんは箟岳山のふもとで約4町歩(約4ヘクタール)の水田を使い、稲作をされ、全国に独自の販路を使って、『こがねいろ』と名付けた宮城県涌谷町産の『ひとめぼれ』を出荷されています。
今年も日本全国から注文があったそうですが、昔から地元涌谷町の方々から『農耕祈願の守り本尊』とご信仰をいただいている箟峯寺本尊『十一面観世音菩薩』に感謝を込めて、新米を御奉納されました。
今年も自然の恵みに感謝をしたいと思います。
そして、安倍さん、1年間お疲れ様でした。ありがとうございました。

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2016年10月 5日 (水)

ようやく『我が家の秋の味覚』を堪能

久しぶりのブログ更新、ご無沙汰していました。

今朝、ちょっと時間ができたので、我が家の庭の栗を収穫しました。

実はお彼岸辺りから栗は落ちていたのですが…なかなか時間がとれなかったので、まとめて収穫しました。
こちらが我が家の栗です。↓

今年は近所にある栗園であまり芳しくない出来だった栗ですが、我が家の栗も味は例年に比べると薄く感じます。

収量も少なく感じます。
今日収穫した栗は全部でこれくらい…↓

何となく今年の気候の影響を感じてしまう結果でした。

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